『孤独のグルメ Season11』が帰ってきた。テレ東の金曜深夜、松重豊の井之頭五郎が黙々と飯を食う。ただそれだけなのに、なぜ毎回こんなに幸福な気持ちになるのだろう。第1話は小田急線「善行」の定食屋。焼き魚がメインの回だった。

善行という街の「何もなさ」がいい
善行駅を降りたことがある人は少ないと思う。湘南の手前、藤沢の一つ手前。特に有名な観光スポットがあるわけでもない。五郎が仕事で降り立って、腹が減って、ふらっと入る。このドラマのゴールデンパターンだ。
ロケ地の街並みがいい。チェーン店もあるけど、個人経営の小さな店がぽつぽつと並んでいる。五郎が通りを歩きながら「定食屋か……」と呟く。このときの松重豊の声のトーンが、11シーズン目でもまったくブレない。
焼き魚定食に向き合う「真剣さ」が圧巻
メインは焼き魚定食。シンプルだ。だがこのドラマは、シンプルな料理ほど映える。焼き魚の皮がパリッと焼けている音、箸で身をほぐすときの湯気、白米にのせて口に運ぶまでの動線。全部が丁寧に撮られている。
五郎の内心モノローグがまたいい。「この焼き加減……店主、わかってるな」。大げさな褒め言葉じゃなくて、食べる人間としての素直な感嘆。これが孤独のグルメの魅力の核心だ。

ゲスト・観月ありさの使い方が意外だった
今回のゲストは観月ありさ。「大物女優をどう使うんだろう」と思っていたら、定食屋の常連客として自然に登場した。五郎との絡みは最小限。隣の席で焼き魚を食べている、ただそれだけ。
でもそれがいいのだ。「有名人が来ましたよ」という演出ではなく、「この店の焼き魚はいろんな人を惹きつける」という説得力になっている。五郎が帰り際に「いい客がいる店は、いい店だ」と心の中で呟くのが、この回のオチとして完璧だった。
Season11で何か変わったか?いや、変わらないことの価値
正直に言えば、Season1から構造は変わっていない。仕事→空腹→さまよう→入店→注文→食べる→満足。このフォーマットを11シーズン続けて、まだ飽きさせない。これは松重豊の演技力と、スタッフの「食への敬意」の賜物だ。
変わらないことが安心なのではなく、変わらないことで毎回新しい発見がある。今回なら「善行」という街と「焼き魚」という料理。知らなかった場所と知っているはずの料理の組み合わせが、新鮮に見える。深夜に観て、腹が減った。それでいい。

※イラストはAIで生成したイメージ画像です
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